作者:桜めっと
それから数日後。
ハヤトからの誘いで、ネネコクラブのメンバーが再び集まったカラオケボックス。
今回は何か進展があるのではないか、そんな期待と不安が入り混じった空気が漂っていた。
ハヤトはその中で、ついに決定的な事実を皆に伝える時が来たと感じていた。
「今日は…皆に話さなきゃいけないことがある」
緊張した面持ちで、ハヤトは口を開いた。部屋の全員が彼を見つめる。
「実は、ネネコに送られた脅迫文の送り主を突き止めたんだ」
部屋が一瞬、静寂に包まれた。全員が息を呑み、ハヤトの次の言葉を待っている。
「その犯人は…あみにゃん」
その言葉が放たれた瞬間、驚愕が広がった。神とチェリーは、信じられないという顔をしてあみにゃんに目を向けた。
「あみにゃんが…?そんなはずないですよ…。僕たちはネネコを応援する仲間ですよね…?」チェリーが震える声で言った。
あみにゃんは驚いた表情を浮かべたが、すぐにそれを隠すように、慌てて否定し始めた。
「そんなこと…私が脅迫文を送るわけないじゃんっ!どうしてそんなこと言うの?」
彼女の声には焦りが感じられ、明らかに動揺していた。
それを見逃さなかったハヤトは冷静に続けた。
「虎之助に協力してもらって、ネネコのメールにログインして脅迫文を見たんだ。そこで見つけたIPアドレスが一致してるんだ。ネネコに脅迫文を送ったのは、あみにゃんの家のパソコンからだった」
虎之助も、鋭い口調で言葉を投げた。
「私も信じたくなかった。あみにゃんが犯人なわけないって…犯人じゃないことをハヤトにわかってもらうために協力したんだ。
でも、実際に脅迫文が送られたIPアドレスは、あみにゃんので間違いない。
この前あみにゃんの家に遊びに行って、パソコン使わせてもらったでしょ?完全に一致したんだよ。脅迫文を送ったIPアドレスと。悲しいけど証拠が揃ってるんだよ。どうして…?」
その瞬間、あみにゃんの表情が崩れ、逃げるようにしていた現実に向き合わざるを得なくなった。
しばらくの沈黙の後、彼女は渋々口を開いた。
「…そうだよ。あたしが脅迫文を送ったの…」
あみにゃんは、暗い過去を思い出しながら話し始めた。あみにゃんの父親は、幼い頃から暴力を振るう人物だった。しかし、父親は暴力を振るいながらも、口では「お前のことが大切だから」「愛してるからこうしているんだ」と繰り返していた。
「父親はいつも言ってた…『お前のことが大切だから、愛しているからこうするんだ』って。でも、その度に私は殴られて、蹴られて…」
あみにゃんの声は震え、手はぎゅっと拳を握りしめていた。父親の言葉と暴力の不一致に、幼かったあみにゃんは混乱し、やがて男性からの「好意」というものが恐怖に結びつくようになっていった。
「…男の人に好意を向けられると、頭の中で父親の声が響いてくるの。殴られるんじゃないかって、いつも恐怖に襲われた。
あの頃は、本当に死んでしまいたいと思ってた。いつも怯えて、ビクビクしながら暮らしてて…何もかもが怖かった」
あみにゃんがその地獄のような日々から救われたのは、祖父母に引き取られてからだった。
父親と離れて物理的な暴力からは逃れられたが、精神的な傷は深く、簡単には癒えるものではなかった。
男性に対する恐怖は、祖父母に引き取られた後もずっと続いていた。
そんな時、あみにゃんの前に現れたのが虎之助だった。
「中学では誰にも心を開けなくて、孤独だった。でも、虎ちゃんだけは違った」
あみにゃんの心の壁を崩してくれたのが、同じクラスの虎之助だった。虎之助は常に自然体で接してくれた。
それがあみにゃんにとってどれほど大きな救いだったか、誰にも伝えることはできなかった。
虎之助に救われたことで、あみにゃんは少しずつ前を向くようになった。
しかし、虎之助に依存している自分にも気づいていた。
虎之助がいつか自分のもとを離れるかもしれないという不安が、常に心の奥にあった。
「あたしは、虎ちゃんがいなかったら…あの頃、本当にどうなっていたか分からない。
父親の暴力から逃れられても、男の人が怖くて、人と関わること自体が怖くなって…だけど虎ちゃんだけは、私に寄り添ってくれた。昔のつらい話も聞いてくれた。あたしには虎ちゃんだけなの…」
その言葉に、部屋の空気がさらに重くなる。
「虎ちゃんの気持ちが私にないことはわかってた。ずっと友達として接してくれて、あたしの気持ちには応えられないってことも。
でも…それでもあたしは、虎ちゃんを手放すことができなかった。
他の誰かに取られることが怖くて…『男の人に好意を持たれるのが怖いから、付き合ってることにしてもいい?』って、優しい虎ちゃんは断れないってわかってて聞いたの。
ネネコと虎ちゃんの信頼関係が、怖かったの…」
配信者と編集者という立場。あみにゃんにとって、それは羨ましさを通り越して妬ましかった。
虎之助とネネコが親しくなるのを見るたび、あみにゃんの中で焦りと嫉妬心が大きくなっていった。虎之助が自分から離れていくのではないかという不安が、あみにゃんを追い詰め、最終的にはネネコに対して脅迫文を送るという行動に走らせた。
「なんで虎ちゃんなの?ネネコは人気者で、ネネコには他にもいたじゃん!あたしには虎ちゃんしかいないの。虎ちゃん取られちゃったら…また一人になっちゃう…」
あみにゃんの目には涙が滲み、声は震えていた。
あみにゃんの言葉を聞いた虎之助は、しばらくの沈黙の後、口を開いた。虎之助もまた、過去に抱えていたものがあった。
「…あみにゃんが私に依存してるって、薄々気づいてたよ。でも、私があみにゃんを見捨てられなかったのは…自分の母親と重なって見えたからなんだ」
その場にいた全員が、虎之助の言葉に耳を傾けた。
「うちのバカ親父もさ、昔、気に入らないことがあるとすぐ母さんを怒鳴ってたんだ。
肉体的に痛めつけることはなかったけど、あれは言葉の暴力だ。
いつも家の中がピリピリしてて、私はまだ小さかったから何もできなかったけど、母さんがあの状況ですごく苦しんでいたかはわかってた。
誰にも相談できずに、私の前では平気な顔してたけどね。1人になるといつも泣いてた。」
虎之助の声は冷静だったが、その奥には深い感情が込められていた。
「母さんとバカ親父は離婚した。母さんは私を連れて再婚して、今は優しい新しい父さんと平和に暮らしてる。
だけど、あの時の母さんの悲しそうな顔はずっと忘れられなくてさ。
母さんは今でも苦しんでるんじゃないかって、もしそうなら救ってあげたいなって、心理学の本を読み漁ったりしてた。
私が見る母さんは、新しい父さんのおかげでいつも幸せそうだったけどね」
虎之助はあみにゃんと出会った頃のことを思い出した。彼女が誰とも話さず、孤立していた姿が、自分の母親に重なったのだ。
「あみにゃんを見てると、昔の母さんが思い出されて…放っておけなかった。私がどうにかしてあげたいって。今度は助けたいって。守りたかったんだ。ただ、それだけだったんだ」
虎之助の言葉は続く。
「たしかに、恋愛感情で好きだったわけじゃない。でも、それでもあみにゃんは私にとって大切な存在だった。
あみにゃんが笑うと、子どもの頃母さんのために何もできなかった私の心も救われた。…私も、依存してたのかも。ネネコとどれだけ仲良くしてたって、あみにゃんのことは絶対に見捨てない」
虎之助の言葉を聞いたあみにゃんは、しばらくその場でじっとしていた。虎之助の真摯な思いを受け止めると、涙がぽろぽろと溢れ出してきた。
「…ごめんね、虎ちゃん。あなたの気持ちをちゃんと理解してなかった。あなたはいつもあたしを守ってくれてるのに、勝手に嫉妬して、勝手に追い詰められて…」
涙を流しながら、あみにゃんはさらに声を絞り出す。
「あたしは…虎ちゃんの気持ちがわからなくて、ただ怖くて、離れたくないって思ってた。あなたが私のことを大切に思ってくれてた。それだけで十分だったのに…」
あみにゃんは肩を震わせながら、涙を拭うこともせず、ただ泣き続けた。
彼女の中で虎之助への感謝と申し訳なさが混ざり合い、今まで抑えてきた感情が一気に溢れ出していた。
虎之助はそんなあみにゃんの肩にそっと手を置き、静かに語りかけた。
「もう大丈夫だよ、あみにゃん。これからも大事に思ってる。好きの種類は重要じゃないよ。私たちの絆はなくならない」
その言葉に、あみにゃんはさらに涙を流したが、今度は少し安堵の表情を浮かべていた。
「もう、全部話すね?」憑き物が取れたかのような穏やかな表情で、あみにゃんは語り始めた。